2009年 08月 21日
シェル・コレクター |
アンソニー・ドーア
岩本正恵 訳
翻訳ものの短編集を久しぶりに読みました。単純に「シェル・コレクター」という題名に惹かれたんです。石とか貝とか、硬質でツルツルしたものが好きで。これらのモチーフを作家が使うとき、文章もまたそういう感触になっていることが多いような気がします。
2002年アメリカで出版、2003年に日本で翻訳が出たときは「怪物級のみごとなデビュー」と評されたそう(ドーアのデビュー作です)。中の1篇はO・ヘンリー賞も受賞しています。なんでそのとき注目しなかったのか…出合いはそんなものだということ、きっとそのときの自分には必要なかったものなのでしょう。
受賞作もさることながら、やはり表題ともなっている「シェル・コレクター」という1篇が、私は好きです。単純にすごいな、と思いました。孤島でひとり、貝を研究しながら静かな暮らしを送る盲目の学者が主人公。そこにあることがきっかけで人が入り込んでくるようになり、主人公の人生が一変します。――こうやってあらすじを追うと、何の変哲もないですよね。何がすごいか。読んだ後、読者であるこちら側の視点というかものの見方も180度変わっている、物語だけでなく読む人間の内側にまで”逆転”を発生させる、その術がスゴイのです。
最初の構図は、浮世から離れ自然とともに暮らす老学者×老学者の生活を踏みにじるようにやってくるよそものたち。善×悪ですよね。この明快な構図が、ある一瞬でガラリと変わるのです。そのとき学者はある夢を見ます。自分が守ろうとしていた美しい珊瑚礁が、実は灰色で孤独で引き裂かれた珊瑚礁であった夢を…。
結局、自分の中にあるものなんて、そんなものなのかもしれないな、と思います。自分の中にある大事なものなんて、本当は薄汚れてて引き裂かれて、灰色で…。教育者の人たちがよく使う「自分を大事にしなさい」という言葉を否定するわけではないけれど、最近はことさらそれが強調され過ぎていて、少し違う意味になっているような気もします。本当に守らなければいけないものは、実は自分の内なんかになく、外側にあるのではないか。そのぐらいに思っていなければ、本当に美しいものを見過ごしてしまうのではないか。そう思うと、なぜか少し楽になっている自分もいます。
この小説、「イモガイ」という毒貝が重要な鍵を握っています。強力な毒を持つ種類の場合、人を麻痺させ、冷たくし、死に至らしめることもある。でも、運よくそこから復活した場合には、経験したこともない温かさをその身に感じることができる。これは、そんな短編です。
by ehonya-kirin
| 2009-08-21 19:24